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・1960年1月28日、香川県高松市のとある家具屋に小倉博和(AB型)が生まれる。 ・高松と言ったら、讃岐うどん無しには語れません。そして玉藻公園、高松城。香川出身の有名人といいますと、、大平正芳、南原清隆、坪井栄、空海、菊池寛、などがいます。余談になりました。そして・・・ |
・小さい頃はと言うと、妹と共にピアノ教室に通う。だが・・・ピアノの先生に「妹さんは良いですが、お兄さんはもういいです・・・」と断られる。(笑)バイエル・ソナチエに触れることなく挫折・・・。「上向いて弾いたら手が見えないし、下向いて弾いたら楽譜が見えないし、どっち見て弾くんだかわかんねぇよ!」っていう感じだったと当時のことを振り返る。(笑)
・高松幼稚園を卒園、続いて、四番町小学校を卒業し、迎えた1973年、紫雲中学の中1のお別れ会で、クラスメートで体操部の唐渡君が弾いた「禁じられた遊び」に驚きと共に感動。「こ・こいつかっこいい!」と感じるのであった。その頃小倉氏に寿司屋の岡本君がギターを入手したとの情報が入り、岡本君の家に行き触らせて欲しいと頼む。寿司屋の岡本君に教則本といっしょに白いクラシックギターを借り、毎日練習。最初に弾いた曲は「荒城の月」小さな頃からピアノを習い音楽に親しんでいた博和少年は、ギターという新境地に目覚め、練習3日目にして初めてのギターダコを経験するのであった。禁じられた遊びを唐渡君のように弾きたいなぁ〜でも指が痛いと思いながら練習に励む。余談ですが田町商店街と言えば『オグちゃんの里』って感じでしょう。
中学2年生になった博和少年は、母親に「借り物じゃよくない!」と言うことでFG170(17000円)を買ってもらう。それまでガットギターで「荒城の月」「旅愁」などを練習していた彼だが、当時のフォークソングブームにのり吉田拓郎、井上陽水、泉谷しげるなどを聴き、「歌いながらギターを弾くのってかっこいい!」と感じるようになった。そんな博和少年はこのころから曲をかいていた。初めて買ったレコードはポール・モーリア。
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・高松商業高等学校に進学後、放送部に入部。CSN&Y、ガロ、ビーチボイーズなどをコピーし、自宅でオープンリールの多重録音機を使い一人でコーラスを多重録音する。それをきっかけに学校の仲間4人で、小倉さんをリーダーとするオリジナル四声コーラスバンド「小倉金時」を結成し、メインボーカル&ギターを担当。 オリジナルにも取り組み、ポプコン(ヤマハ・ポピュラーミュージック・コンテスト)に出場。決勝には進むものの、四国から出ることはなかったということである。賞は獲得!高校2年くらいから、シュガー・ベイブ、はっぴいえんど、ジェームス・テイラーなどの、メジャー・セブンス系を聴くようになる。アール・クルーなどフュージョンにも関心を持つ。
・高校2年の修学旅行をキャンセルし、K.YAIRI YW600GSを購入。また高校時代にYAMAHA FG2000という高級ギターを親にねだって買ってもらう。
・高校3年頃・・・・、友達の持っていたエレキギターを弾かせてもらう。初めはとっつきにくいという印象を受ける。
・めでたく大学に進学し、本格的にエレキギターを始める。とある夏休み、高松に帰省した彼は楽器屋でギターを弾いているときに一人変なおじさんに声をかけられる。「君、今日からうちでベースをひいてくれないか?」と声をかけられる。このおじさんは当時高松に流れてきたキャバレーバンドの一員。「カリカリ博士」というディスコでベーシストが逃げてしまったため、楽器屋でギターを弾いていた小倉氏を誘う。その日からポップス生バンドで1日1万でベースを弾き、そこで稼いだ20万で友人からES−335を購入!!このES-335が小倉氏の現在のメインエレキギター。その後東京に帰り、今度は友人のバンドのギターが逃げたと言うことでギタリストとして参加。赤羽、西川口、川崎などでキャバレー周りをやっていたと言う。当時髪型はアフロヘア!折しも世はフュージョンブーム。渡辺香津美、ジョージ・ベンソンなどをコピー。1日に6時間以上ギターを弾く毎日を送る。
・大学2年にハコバンを結成。その後友達のツテでステップというバンドのサポートを始める。
・大学4年、先輩のやっていたバンド「ステップ」デビューと共にギター参加。その後、高松のポプコン仲間のバンド「アイリーン・フォーリーン」がデビュー。そのバンドに87年から参加。ビクターのインビテーション・レーベルから発売。
・「アイリーン・フォーリーン」と同時進行で、渋谷、ラブホテルに囲まれた某地に「キャロット・スタジオ」を友人と共に設立。そこでスキー・バイクなどのCMやビデオ音楽制作を行う。
・バンド解散後、TOPの藤井丈司氏にスタジオの仕事を紹介され、スタジオミュージシャンの道を歩む。最初のスタートは「シブガキ隊」のバックバンド。最初の仕事は’80年代にやった立花ハジメ氏の仕事。
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・小倉氏の作ったインストのテープがアイリーン・フォーリンの歩みでビクターに流れる。そこで、サザンオールスターズのエグゼクティブ・プロデュースをしていた高垣氏が興味を持ち、ちょうど、映画「稲村ジェーン」の制作の時期に重なった、桑田佳祐氏がサウンド・トラックを作るため、キャロット・スタジオに突然現れる・・・・。(笑)My Little Loverの小林武史氏が仲介役になったとか・・・。その日の内に1曲録り、ガットを弾く小倉氏をみて「なんで、おまえそんなギターうまいの!!?」と感動する。運命の出会いである。その日に「ナミコのテーマ」という曲を立ち上げる。当時の出会いのことを後に振り返り、小倉氏は「桑田さん・・・誰なの・・・?サザンオールスターズの桑田さん??明日来る?ここにきて何やるの????と言ってたら、本当にきちゃいました。」と当時は突然聴かされたことに、驚きました(笑)と語る。一日目は車で来た桑田さんも二日目からは自転車で来たという・・・・・、恐るべしキャロット・スタジオ。(笑)
・映画稲村ジェーン出演!原由子のアルバム「MOTHER」(プロデューサー桑田佳祐)、この仕事でギタリスト佐橋佳幸と出会う。ここから桑田佳祐氏の発案により、伝説のライブ「ACOUSTIC REVOLUTION」が日清パワーステーションにて91年3月24〜26日に行われる。以後佐橋氏と山弦結成へ。山弦は91年から東京表参道
「CAY」でライブ活動を始める。また裏山弦(?)として写真家
三好和義さんのビデオ”楽園王国TAHITI”の音楽を担当する。
・91年6月「MOTHER」発売。同9月、アコースティック・レボリューションの流れで、スーパーチンパンジー結成。メンバーは桑田佳祐(vo)小倉博和(g)佐橋佳幸(g)小林武史(k)角谷仁宣(prog)。「クリといつまでも」発売。小倉博和大先生は桑田氏と共に北京遠征・・・・・・。
・このあたりから多くのレコーディング・セッションに参加。主なセッションは、安藤秀樹 池田 聡 泉谷しげる 井上昌己 井上陽水 UA 衛藤利恵 F−BLOOD 大沢誉志幸 大貫妙子 大橋剛 オセロケッツ 織田裕二 小谷美紗子 オユンナ かとうれいこ 門脇知子 金子マリ 金城綾乃 かの香織 川崎 真理子 川本真琴 加山雄三 吉川晃司 Kiroro KinKi Kids クレア 桑田佳祐 小島希代子 小林 建樹 斉藤和義 SAKURA 笹野みちる Southern All Stars Southern All Stars and All Stars Super Chimpanzee JEHO 鈴木祥子 鈴木雅之 関口和之 SOLIDBRASS 立花ハジメ 谷村有美 つじあやの 中谷美紀 中西圭三 中西俊博 花岡幸代 浜田省吾 原由子 氷室京介 比屋定篤子 広末涼子 広瀬 香美 フェアチャイルド 福田美香 福山雅治 藤井尚之 藤井フミヤ 藤原ヒロシ 本間哲子 槇原敬之 松たか子 松田弘 mawari Mr.Children 溝口肇 宮田和弥 宮原学 宮原芽映 森川美穂 森口博子 薬師丸ひろ子 矢野顕子 山口岩男 YOU 遊佐未森 横山 輝一 吉田拓郎 恋愛信号 和久井映見 渡辺美里などなど、数多いものである。
・96年6月、人気TVドラマ「透明人間」のサウンドトラック担当。
・山弦にボーカルの平松八千代を加えSOYを結成
・1998.5.2 アルバム「SOY」発売
・1998.8.5 山弦アルバム「JOY RIDE」発売。
この年の冬に山弦Tour vol.1 "それ行け、エルニーニョ
〜イグアナ全滅か?〜"を行う。
・1999.3 四国4県のFMでラジオレギュラー番組山弦 One More Musicを開始
・1999.11.26 山弦アルバムINDIGO
MUNCH発売。
この年の冬に山弦Tour vol.2 "マンチ!マンチ!!マンチ!!!"を行う。
・2000.8.30 アルバム「SOY2」発売
・2000.11.16 アルバム「High Life」発売
同時に山弦
TOUR Vol.3〜危険にしやがれ(勝手なふたり)〜
with BAND が始まる。
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